「かいちょうな話」 (2006年7月号)
TEAM GREX会長
       藤沢 武  
 釣りについて書かれた文学書となると残念ながらそう多くはない。開高 健が描いた釣りの世界は豪放磊落なタッチで痛快だ。釣り人であれば「こう生きることが出来ればエエなぁ・・」と思ってしまう。英国の文筆家・ウォールトンが1653年に書いた「釣魚大全(ちょうぎょたいぜん)」は優れた随筆文学とされ、魚釣のバイブルといわれる。このオジさんが生きたのは日本では関ヶ原の合戦から江戸初期の時代というからエライ昔の人だ(1593~1683)。90歳まで生きたことになる。この本は世界中の釣り人に読まれた名著だ。日本ではどうか、磯釣りをテーマにしたモノなどはほとんどなく昔から川釣りモノが多い。作家の中で釣りをこよなく愛した人に井伏鱒二(いぶせますじ)がいる。何しろペンネームに鱒の字を宛うくらいだから相当な釣り好きだ。本名・井伏満寿二(いぶしますじ)。 明治31年(1898)広島生まれ、平成5年95歳で亡くなっている。戦前・戦後にかけて独特のユーモアとペーソスを湛えた風格ある作品を発表し「ジョン万次郎漂流記」で直木賞受賞。「山椒魚」「本日休診」「黒い雨」は有名。この井伏さんもウォールトンの「釣魚大全」を愛読したようだ。短編「手習草子」の中に『・・ウォールトンの「釣魚大全」を読みなおしてみた。川釣りで成績が悪い場合は、【生餌に樟脳の粉をふりかけるべし。汝と並んで釣糸を垂れている人は釣れなくても、汝だけは釣れること正しく妙なるべし】という意味のことが書いてあった。しからば自分もこの方法で試してみようかと気持ちが動いてきた・・』絶不調の釣り人はいつの時代もワラをもつかむ思いは変わらない。・・で、どうなったか?樟脳ふりかけ餌=ボーズ。「ウォールトンさん!日本の魚は防虫剤なんか食わないよ~」と言いたかったかも・・。川釣りをする人ならば経験があろうかと思うが、なんとも可笑しい場面が出てくる。『・・釣りおさめに宿へ帰る間際になって橋の下で釣ってみた。ふと気がつくと団体旅行の人たちが橋の上に二十人ばかりもやって来て、真上から私の方を見おろしていた。客商売と見える女たちが、半分以上混じっている群れであった。「おッさん、釣れたかね。釣れてるなら、売ってくれないかね。」と橋の上から、私に声をかけるものがいた。冷やかしではないにしても不愉快である。私が知らぬ顔で釣っていると、「おッさん、釣れたのか、釣れないのか。一尾でも二尾でもいいよ。土産にするんだから、売ってくれ。」と、また声をかけた。すると女の声で私の代弁するように「釣れないのよ、きっと。へたくそなのね。」といった。私は睨んでやりたいと思ったが、ここが釣りの修行の勘どころだとばかりに、熱心に釣るような格好をつづけていた。「へたくそなのね。」といった侮辱に対しても、私は釣らなくてはならぬと思った。もし釣れたら悠々と手元に引きよせて、あわてないで鉤をはずし魚籃に入れてやるのだと、自分で自分を訓戒した。そのとき天は私に恵みを垂れた。向こう合わせで手応えがあった。私は訓戒通りゆっくり引きよせて、テグスがきれないと見極めをつけ、水から引き上げて胸もとに抱きとった。七寸ばかりのやつである。胸は動悸をうっていた。それでも「落ちついて、落ちついて」と警戒しながら悠々たる手つきで魚籃に入れた。さて、ゆっくりと橋の上を見あげると、人の姿は見えなくて、団体旅行の人たちの乗っているバスが、土ほこりをあげて川しもの方に走っていくのが見えた・・』。橋上の集団にとって直木賞作家・井伏鱒二さんも単なる「おッさん!」であり「ヘタなのよきっと」だと。「ヤカマシカ~この○○ぁ~!」。そこへいくと磯はセイセイしていて、サラシの向こうに浮かぶカモメちゃんは「ヘタなのよキット」などとは言わないし、きわめて都合がいいもんね~♡